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3月6日、鳴門教育大学附属中学校第40回(徳島師範学校、徳島大学時代からの通算は78回目)の卒業証書授与式を挙行いたしました。1週間前までは、すっかり春を思わせる暖かさだったのですが、啓蟄の前日あたりから、少し気温が下がり、週の初めからは雨も多くなり、天候が心配されましたが、雨は降り出すのを夕方まで待ってくれました。 私のような者を「校長先生」と呼んでくれるようになって、立場上、卒業式で式辞を読ませてもらうのも、今回で8回目となりました。家族からは、「衣装代の元が取れたわねぇ」と、半分ディスられていますが、あのペンギンの様な服(!)も初めての時は、数日前から、何度も着たり脱いだりしてぎこちなかったのですが、随分着慣れました。年に一度しか着ないからか、ズボンのお腹周りがキツく感じたのですが、これは明らかに8年間の体型の変化です(笑)。私の服装は変わらなくても、毎年送り出す子供たちは違いますし、明らかに学年のカラーというのもあって、10分ほどの式辞の内容も、浅学な私は頭を悩まします。年明けくらいから、ふと思いついたフレーズはメモをしていたのですが、なかなかうまく繋がりません。私が令和8年になって購入した、教育関係以外の本の中のお気に入りの一冊に齋藤孝先生(テレビでおなじみの明治大学教授)が書かれた「松本隆に学ぶ日本語の技術」という書籍があります。これは、本当に読むページ、読むページ、目からウロコというか、感動が続きます。松本隆さんの感性の1mmでも身に付いていたら、もっと仕事(子供たち)にも還元できたのになぁと思います。小説と違って、短い、端的なフレーズで、情景や深い深い想いを伝える。ましてや、歌だから、曲にあわせて流れていきます。そんな限られた文字数で、心に響く、染みるものが伝えられる、って今更ながら、昔から慣れ親しんだ曲の歌詞を解説してくれている齋藤先生の文章を読んで、新たな感動が沸き起こります。そういう時、次に私がとる行動は、そこで解説された、かつて慣れ親しんだ曲を再び聴くことです。こういう時、今の子供たちだけで無く、若い先生方でも、聞いたことが無かったり、昔の曲を聴こうと思えば、スマホを何回かクリックして、サブスクの音楽配信サービスで聴くのでしょうね。でも私は、それが発売された当時、作詞家の松本隆さんがアーティストに歌詞を提供した頃のメディアで極力聴くようにしています。幸い、本校の校長室には、レコードプレーヤもCDデッキも、蓄音機まで(!)完動の状態でスタンバイしておりまして(勝手に、校長室を遊び場にしているだけだろう!という非難は聞き慣れております<笑>)、歌詞を噛みしめて聴くようにしています。そして、瞳を閉じてその曲を聴くと(もちろん勤務時間外です)、あっという間に、よく聴いていた頃(小学校高学年だったり、中学生、高校生、大学生、若手教員時代)の自分とともに様々な事が蘇ってきます。音楽って本当にいいですよね。私は何の才能も無く、楽器もできず、音程も定まらないため、歌うのも自信がないのですが(そんな自分を省みず、卒業式前日の「灯の儀」の校長あいさつの冒頭で、いきなり、本校伝統の「附中の歌」のワンフレーズをアカペラで歌ってしまい、全校生徒の失笑をかったと思いますが、ここまで歳を重ねると、「恥をかく」という意識が少々麻痺してくるもんですね<笑>)、ただ音楽を聴くことだけは大好きで、その再生音を追求することに惚れ込んで、「オーディオ」という趣味にのめり込みまして、もう半世紀近くが過ぎました。ところで、今盛んに生成AIが話題になっていますが、今回の卒業式で、答辞を読んでくれた生徒も、そのことを話題にしていましたし、私も少し触れました。これからもっともっと進化(深化)するでしょうね。先日、ある専門家がおっしゃっていましたが、AIと会話を2週間くらい続けていたら、いきなり、自分を仲間内でしか知られていない愛称で呼ぶようになって、名前から連想できる呼び方ではないので、「何でその呼び名を知っているの」と聞いたら、「過去の貴方のipアドレスを全て検索したら、その様な呼び方をされているものが見つかりましたので、愛称ではないかと思いました。お気に召しませんでしたか」と言われ、「召しません」と答えたら、一切言わなくなったとか。とにかく凄い情報検索能力とプログラムにのみ基づいた判断力を備えていますが、更に凄い勢いで進歩するでしょうね。私も、試しにAIにいろいろ本校の事や生徒のこと、話題にしたい行事のこととかを知らせ、10分程度の式辞を作ってみてもらいましたが、凄いですね。凄い。でも、冷静に考えると、言葉の言い回し、比喩的な表現、それらを膨大なデータからチョイスして、作ってくれいているのでしょうが、それを、「素晴らしい」と思う側の知識・理解、そしてもっともディジタルで善し悪しを判断するのが難しいと思える「感性」について、作らせた側の感性や知識が伴ってないと、茶番になるし、それがいいもんだと感じて自分の作品として、表現してしまうと、本当の「本物の人間」の中身の空洞化が進むのではないかと、年寄りは心配になります。若い先生方、様々な自然や多くの活字、人情に触れて、多面的なものの見方を忘れず、近道を探そうとして遠回りにならないように頑張ってくださいね。なんて老兵が言うと嫌われてしまうと思いますが、まぁ、このページそのものが、私の「つぶやき」と言うようり「ぼやき」に近いですから、お許しください(笑)。
ここまで、いつものようにグダグダな話の中で、あえてAIに触れたのは、自分の式辞の出来の悪さを無意識のウチに弁解しているのかも知れません。卒業生代表の答辞は素晴らしかったですよ。まず、出だしが「私たちは、AIに勝てるのでしょうか」から始まりましたからね。初めて私が式辞を書いた時に、昔の大先輩の式辞が多数保管されていて、(平成19年までは、大学の教授が校長なので、大学の先生の式辞)それらを拝見すると、著名な方の言葉とか、功績をはなむけの言葉に引用されているんですよね。「送別用に引用できる著名な人物の言葉や功績集」的なページもあるのですが、私はちょっと自分にフィットしませんでした。それなりの実績のある方が話すと、話の内容に厚みができ、説得力もあるのでしょうが、私のような、体重に反比例して軽い(笑)人間が、歴史上の人物の逸話や言葉、偉い人の話を引用しても、まさにとってつけた感が拭えないんですよね。その点、本校は毎年、年の初めに、「新年揮毫式」という行事があって、そこでは、全校生と教職員が氏名を大きな和紙に揮毫するのですが、その中央に歴代校長は、毎年言葉を揮毫するのです。その言葉の意味については、その揮毫式で述べるのですが、卒業式では、その年に揮毫した和紙を掛け軸に表装したもの(本校では雄名録と呼んでいます)を壇上の横に掲げるので、再度、その言葉を使って、はなむけの言葉が話せるので、偉い方の言葉や功績を紹介しなくても、時間的には収まるのです。ただ、今年は、AIについての部分も長かったですが・・・。その揮毫式での文字も、私は今年を含めて8回揮毫してきましたが(今年は「欲速不達」)、このような行事のなかった、前任校(徳島市の県庁近くの、中学校としては敷地面積西日本一のT中学校)では、何か引用せねばと思ったのですが、その時は、私らしく(!)有名アーティストの歌詞を引用させてもらいました。1年目は、まだコロナが続いており、多くの行事が中止や縮小になった学年だったので、中島みゆきさんの「時代」の歌詞を紹介させてもらいました。その時の式辞では、『・・・誰も経験したことのない、コロナ禍のこのような時代に、多感な中学時代を過ごした本校での生活は,忘れがたいものとなることでしょう。シンガーソングライターの中島みゆきさんのヒット曲に、「時代」という名曲があります。40年以上前の歌ですが、たくさんカバーされているので皆さんも聴いたことがあると思います。その歌詞の中に「そんな時代もあったねと,いつか話せる日がくるわ。 あんな時代もあったねと、きっと笑って話せるわ」というフレーズがあります。皆さんが、二十年後,三十年後、世の中の中心になって活躍している頃、そして自分の子どもが今の皆さんと同じくらいになった時、保護者の皆さんに掛けた苦労を実感すると共に、今のこの時代を思い出して次の世代に語って欲しいと思います。・・・』という内容を話しました。また、その学校で2回目の卒業式の式辞では、その年、デビュー50周年を迎えた、松任谷由実さんの荒井由実時代の「卒業写真」の歌詞を引用させてもらいました。そして、私が式辞の中でこの部分を話し始めたら、「卒業写真」のCDをこの話の部分までかけて欲しいと、放送係の先生に式辞の原稿を渡して、無理なお願いをしました。卒業式が終わってから、校長を退職後、講師として、社会科を教えに来てくださっていた大先輩から、「卒業式の学校長式辞の途中で、BGMが流れるなんて教員になって初めて聞いたわ!ホンマ、変わったことするなぁ」と笑いながら、褒めて(?)くれました。その時の「卒業写真」をバックに流しながら話した内容は、次のようなものでした。『・・・ 「ユーミン」と言って知らない人はいないほど、松任谷由実さんは、数多くの大ヒット曲を生み出しました。400曲以上のオリジナル曲の中の一つに「卒業写真」という名曲があります。ユーミンは「卒業写真」のなかで、「卒業写真のあのひとは やさしい目をしてる....あの頃の生き方を あなたは忘れないで」と歌っています。将来、悲しいことや、苦しいことがあったら、卒業アルバムを開けてみてください。そうすれば、そこにはやさしい目をした仲間や先生がいて、すぐにこの中学校で過ごした日々がよみがえり、皆さんをきっと励まして、元気を与えてくれることでしょう。・・・』 このように私は式辞の中で、偉人の言葉や功績を紹介はできていませんが、もし私が歴史上の人物をあげるとしたら、一番はやはり自分の教科と言うより、その教科を目指すもとになった、モノを作ることの素晴らしさを知ったきっかけでもある「トーマス・エジソン」ですね。さっきの音楽の話も、蓄音機(エジソンの試作はろう管式)から、レコード、テープ録音、CD,MD,配信音楽と発展してきたわけで、音を録音して残せるようにしてくれたのは本当に大発明だと思います。白熱電球の方が大きく評価されがちですが、私は録音技術の発明の方により惹かれます。明かりは古来から、「火」がありましたが、録音というのは発想もなく、代替品もなかったわけですから。
そして、本校の卒業式に話を戻します(ようやく!)、私は本校で17回目の卒業式を経験しました。教員になってからだと、38回目となりました。本校を始め、ほとんどの学校で卒業式の最後に、卒業生が心をこめて歌を歌いますが、前日まで凄く練習して、素晴らしい歌声だったのに、本番当日は、完動のあまり涙、涙で十分な歌声が披露できなかった、というのは、まさに「卒業式あるある」でした。頑張って歌えた時はそちらに集中して、その後の退場の時、感極まって泣きながら退場する生徒は少なかったりしますが、私は今回、今までの卒業式を振り返っても、過去に聴いたことがないくらいの最高の歌声を聴くことができました。体育館に響き渡る、なんて言う表現では足りません。生徒数の2倍くらいの音圧感と言っても過言で無かったと思います。かといって声が大きいだけでは無く、ハーモニーも素晴らしく、パートごとに並んでいるわけではないのに、見事に3部合唱になっていて、女生徒のソプラノの澄みきった声も体育館一杯に響き渡っていました。今回の曲は「あなたへ」という合唱曲で、私は初めて聴きましたが、歌詞もメロディも素晴らしく、生徒のチョイスに感心しました。そして、指導した音楽教諭からの「この曲をここまで練習してきて、その成果を存分に発揮することが、最後の附属中学校での音楽の授業の評価だと思って、とにかくみんなの力を出し切ることに全力を尽くしてください」、というメッセージを忠実に守って、誰一人涙を流さず歌いあげた姿に、3年間の音楽教諭と卒業生との信頼関係の深さを感じました。そして、一生懸命歌っている姿を横からみている3年団は、そのけなげな、ひたむきな子供たちの姿に、歌の途中から号泣でした。そして・・・・歌い終わった生徒は着席と同時に男女くまなく、涙、涙・・・。退場するその表情を見て保護者も涙、涙・・・。本当に感動的でした。私は最近、多くの学校で歌われなくなったらしい「仰げば尊し」が自分が生徒として歌っていた頃から大好きで、本校では毎年卒業生が歌ってくれます。これも、素晴らしい音量とハーモニーでした。そして、全校生徒、教職員で歌った校歌は、何十回も終業式や始業式でも聴いてきましたが、最後と思っていつも以上に力一杯歌う卒業生に引っ張られて、在校生も共に素晴らしい歌声を体育館全体に響かせてくれました。式終了後、来賓の方々から「こんな歌声の素晴らしい卒業式は初めてだった」と、賞賛していただきました。卒業生が選んで、歌ってくれた今年の歌です。今回の表題は、この曲の歌詞の一部です。
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本当に幸せな卒業式を経験させてもらい、感無量でした。式終了後、最終学活をして、教職員、在校生、保護者、来賓の方々も一緒に見送る花道を退場する際に、卒業式の始めのプロローグで流れた「想いでのアルバム」の中でも撮影に登場した「ドローン」を、私が空中でホバリング(停止飛行)させて、その様子を撮影しながら、卒業生を見送りました。在校生や教職員から見送られた後も、校門付近に集まり、写真を取り合ったりして、別れを惜しんでいる様子も上空から撮影しました。多くの保護者から、私にまで感謝のお言葉をいただきましたが、「校長先生のホームページのあの長い文章(!)、いつも読んでいました」と、言っていただいた、お母様がいらして、涙が引っ込みました(笑)。本当に、卒業生の皆さん、保護者の皆様、ご卒業おめでとうございました。
以下は当日の私の式辞、全文です。
寒暖の差が続く日々の中にも、校庭のあちこちに、確かな春の息吹を感じる今日のよき日、鳴門教育大学附属中学校第四十回卒業証書授与式を挙行いたしましたところ、ご来賓として、鳴門教育大学理事・副学長 □□□ □□様、鳴門教育大学 教授 本校学校関係者評価委員会委員長 ○○○ ○○様、保護者会 会長 ◇◇◇ ◇◇様、本校同窓会 会長 △△△ △△様のご臨席を賜りましたことに、厚く御礼申し上げます。
本日この学び舎を巣立つ百二十九名の皆さん、晴れのご卒業、誠におめでとうございます。今、皆さんに授与いたしました卒業証書は、中学校三年間を学び終え、義務教育を終えたことの証です。これまで皆さんを支えてくださった保護者の方々をはじめ、ご家族や先生方など、すべての人々に感謝の気持ちを持ち、卒業証書に込められた多くの期待や願いを静かに胸に刻んで欲しいと思います。
保護者の皆様におかれましては、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。三年前の入学式の日を覚えておられるでしょうか。まだ、あどけなさの残る制服姿で、この体育館に座っていたあの日。 あれから三年。今日のお子様の晴れ姿は、まぎれもなく成長の証、そのもです。多感な中学三年間、喜びも迷いも、不安も反発もあったことでしょう。その全てを受け止め、支え続けてこられた保護者の皆様のご労苦に、心より敬意を表します。
さて、卒業生の皆さんは、先ほどの「思い出のアルバム」を見て、三年間の様々な出来事を思い返して、胸がいっぱいなのではないでしょうか。数々の行事をあげればキリがありませんが、とりわけ、今年の文化祭における、三年生全員によるハレルヤ合唱は、私は今まで十五回以上この学年合唱を聴いてきましたが、これほど心を揺さぶられたことはありません。あの歌声はこの体育館の空気を変えました。そして心を一つにしたあの歌声は、附中の伝統の重みと誇りを、在校生の胸にも刻み込んでくれたことと思います。
本日、卒業記念品として、そのハレルヤ合唱の歌声を収めたCDを皆さんにお渡しします。これから先の人生の中で、壁にぶつかることがあり、迷い、立ち止まりそうになったとき、どうかそれを聴いてください。あの歌声を聴けば、瞬時に附属中学校での三年間と、共に過ごした仲間の顔を思い出させてくれるはずです。そしてきっと、皆さんの背中を、そっと押してくれることでしょう。
皆さんがこれから生きていく時代は、生成AIをはじめとする科学技術が急速に発達する時代です。Society5.0と呼ばれる超スマート社会では、多くのことが自動化され、便利さは、更に増していくことでしょう。しかし、便利さと幸せは必ずしも同じではありません。
生成AIは、これから皆さんの身近な存在となるでしょう。けれども、私は皆さんに、AIを「答えを教えてもらうための道具」としてだけに使ってほしくはありません。もし、AIに思考すること、そのものを委ねてしまえば、自ら問いを立て、悩み、試行錯誤する力は育ちません。
AIは、皆さんの思考を奪う存在ではなく、広げ、深めてくれる存在として、活用してください。自分の考えをぶつけ、問い返され、さらに考える。そのように、皆さんの知的探究を支える「良き相棒」として付き合ってほしいのです。
そのために大切にしてほしい言葉が、このステージ右側にかかっている、今年の揮毫式で私が紹介した「欲速不達」です。急げば急ぐほど、本当に大切なものにはたどり着けない。近道のように見える道が、実は遠回りであることもあります。AIが瞬時に答えを示してくれる時代だからこそ、自分の頭で考える時間を惜しまないこと。急がず、焦らず、しかし歩みを止めない。その姿勢こそが、やがて大きな実りをもたらすはずです。
そして、どのように科学技術が発達しても、人が幸せに生きるために不可欠なのは、人としての「思いやり」に満ちた「美しい心」です。本校の校訓である、敬和奉仕の精神に生きる人間学校の卒業生として、将来、皆さんは、それぞれの分野のエキスパートとなっても、いつまでも温もりのある大人でいてください。
皆さんは、北上さんの毎朝の、あの笑顔からにじみ出るような、素晴らしいお人柄を知っていますね。人を思いやるとはどういうことかを、三年間、身近に見てきました。今日校門を後にするとき、どうか心からの感謝を伝えてください。
これからの人生において、人を思いやる心と感謝の気持ちを忘れなければ、必ずみなさんを支えてくれる仲間に出会えます。本校でつちかった、人間学校の精神を胸に、新たなステージでも確かな一歩を歩み続けてください。
最後に、私は三たび、この大好きな附属中学校に帰ってこれたのが、三年前。今日まで皆さんの入学とともに過ごした三年間でした。修学旅行にも一緒に行かせてもらいました。今日という日だからこそ、あえて言います。皆さんは、入学当初は、近年まれに見るくらい、手間のかかる学年でした。しかし、三年間でこんなに成長した学年も、私は知りません。この三年間、支え続けてこられた保護者の皆様の愛情は、今日の晴れ姿を見てもわかるように、間違いなくお子様の力になっています。大きな可能性を秘めた、ここ一番でパワーが発揮できる、この素晴らしい学年団で共に過ごしたことを卒業生の皆さんは自信にして、今後、皆さんが各方面で、大きく花開くことを期待して止みません。
卒業生百二十九名の限りない前途を祝し、式辞といたします。
令和八年三月六日 鳴門教育大学附属中学校
校 長 大 泉 計