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弥生3月,今年度の最終月に入りました。年度を締めくくる最後の月は,まもなく訪れる,桜の開花や春の陽気を待ちわびる楽しさより,「別れの季節」としての悲しみというか,感無量な思いがより大きく私の中には迫ってきます。中学3年生にとって,卒業式(12日)まで1週間余りとなりました。(ほとんどの3年生は,その直前の9日,10日に徳島県公立高等学校学力検査【高校入試】を受検します)
そんな3年生も,残り少ない中学校での授業に毎時間真剣に取り組んでいます。昨日私は国語の小研(自由参加の校内研究授業)を参観しました。新川和江さんという詩人の「わたしを束ねないで」という詩を鑑賞して,その詩を参考にしながら,自分たちの望む生き方を詩で表現するという単元の授業でした。5連からなるこの詩のそれぞれの連を,班ごとに読み解き,感じたことを発表していました(写真上段)。感心したのが,発表するどの生徒(7人~8人)も,ワークシートに書いたことを読み上げるのではなく,自分の言葉でしっかりと30秒以上話せていたことです。1年生から3年生まで,最近いろいろな教科の授業を参観しているのですが,卒業前の3年生の成長ぶりに驚きました。ここまで育ててくれた先生方に感謝すると共に中学3年間の伸びしろの大きさを改めて知らされた思いでした。この詩は,国語の教科書に掲載されているものの中でも有名なようですが,何者にも束縛されない私,という思いを様々な直喩で表現しており,感性の極めて鈍い私でも心を揺さぶられました。ご興味があれば味わっていただけたらと思います。 https://ameblo.jp/marumaru-maru-ko/entry-11952807323.html 子供たちが,この詩に続けて「第6連」として書く,それぞれの詩が楽しみです。是非見せていただこうと思います(授業の最後に担任の先生が披露した,御自身の6連も素晴らしかったです)。
国語といえば,新しくなった徳島中央警察署(旧徳島東警察署,築50年経過。ちなみに旧庁舎ができたのは本校の校舎が完成したのより半年早かっただけ!)の3月1日からの新築移転に伴い,徳島吉野川ライオンズクラブが募集した交通安全の標語に,本校の生徒作品が最優秀賞に選ばれ(優秀賞2点も本校生)現在,真新しい庁舎の玄関横に大きな垂れ幕となって,掲示されています。(写真2段目)『譲り合う 笑顔が「いいね」阿波の道』私も肝に銘じたいです。この子供の感性の素晴らしさ,毎日子供たちと生活していても一緒にいるだけでは,当たり前ですが,まるで影響されない自分を情けないを通り越して不憫に思う今日この頃です。季節の移り変わりを愛でて,書物にもう少し親しまなければ‥という気持ちだけはあるのですが。でも感性と言えば(こうして,話がどんどん広がるというか,まとまりがなくなるのが老害の一つ!と自覚しつつも止まりません〈笑〉)最近,高校入試の面接練習の一環で,担任の先生とは違う者が関われば,少しでも本番に近い雰囲気の練習になるからと,私のような者も人出不足もあって協力しているのですが,その中で何人かの生徒が不得意教科を聞くと「苦手な教科は国語です。特に古典は日頃使わない表現なので理解するのに時間がかかるからです」と答えていました。また,「将来は情報関係の仕事について,コンピュータを使って,人々の生活が豊かになるようにいろいろなものを開発したいです」という,将来の夢の質問について話した生徒もいました。なるほど,面接の答えとしては問題ないと思いました。私も全然レベルは違いますが,中学生の時の文集にコンピュータ関係の仕事がしたい,と書いていましたし(半世紀近く経って,その結果はコンピュータに使われているだけ!?)中学校も高校でも古典は(も)苦手でした。でも,遅らばせばせながらこの歳になって,時代劇を見たり古典の現代語訳を読んだりしていると,自然の移ろい等への感性って,私が極めて劣っているのはもちろんですが,現代人は電気も水道も無かった時代を生き抜いてきた人たちより,遙かに退化していると思うのです。私はかつて中学校へ初めてコンピュータが入った頃,「情報基礎」という授業をしていたのですが,当時子供たちはコンピュータが描く図形や計算の処理に驚きながら嬉々として取り組んでいました。そんな時,「今から目を閉じてイメージしてください。君たちは,ハイキングに来ていて,険しい坂道を苦しみながらずっと登ってきました。そして,次のカーブを曲がったとたんに,目の前に一面のお花畑が広がりました。その瞬間,どんな言葉を発しますか?」と聞くと,子供たちは一斉に「わぁぁきれぇぇ(綺麗)って言うよ」と言ってくれました。「でもね,コンピュータはそんな場面に出会っても何の反応もしないよ。何色がどれくらいの面積を占めていたら,『きれい』と出力しなさい,とプログラミングしておけば『きれい』と画面に出力するだろうけどね」「えー,味気ないー」こんなやりとりをしたのを覚えています。もちろん今のAIはすごく進歩していますし,2045年にはいろいろな面で人間をAIが超える(技術的特異点)そうですから,将来的にはわかりません。でも,人間が世の中の便利さに比例して進化してきていないと思える感性も,潜在的に無限の可能性を秘めている子供たちからいかにそれらを引き出せるか,そのお手伝ができる立場にいる我々は,しっかり目の前の子供たちを支援していく必要があります。そのためにも,整理しきれないほど送られてくる情報を受け止めるだけでなく,自分から文学作品をはじめとした様々なジャンルの活字を読むという行為が,いかに大切かを実感した次第です。
またまた,いつものペースになってきてしまいました(笑)。先日,ある担任の先生から,「校長先生,ウチのクラスの○○さんが,『校長室から』のページ楽しみにしてるって,言っていました。」そしたら,背中ごしに座っている先生も「あっ,ウチのクラスの○○さんも読んでる,って言っていました」その話を聞いた瞬間,マスクが白いから目立つのではないかと思ったくらい赤面してくるのがわかりました。でも,本校のホームページの貴重なコーナーを使わせてもらっているので,生徒が読むのも至極当然なのですが,これこそ,本当にネット社会の闇の部分(!)だと痛感しました。面接練習で,生徒に気付いたことを話す時などは,本人を前にしているので言葉もチョイスしながら,様々な配慮もしつつしゃべりますが,このように対面していないと,気持ちが大きくなるというか,節制が効かないというか,一語一語を吟味して(それほどの語彙力が伴っているわけではありませんが)このページを書いていないこと(最も,当初からここは駄文のオンパレードだろ!というご指摘はさておき〈笑〉)を今更ながら実感しました。相手が見えない,そして相手に自分が誰であるかもわからない(私の場合は本校関係者はお知りおきのことと存じますが,直接私を知らないのに読んでいただいている方にとって,私はどんなイメージなのでしょうか。今までお持ちだった『校長せんせー』のイメージが崩れてしまったらスミマセン。最も,世間の校長先生方のような博学で,そして教育者としても経営者としてもオーラの漂う部分は微塵も持ち合わせていないのは十分自覚しております。〔子供が好き!という点は引けをとらないとの自負はありますが〕私の親しい友人からは,ホンマ〔本当に〕変わってるよなぁ,それでも一応教育者?などと,お褒めの言葉を頂いたりします〈爆笑〉)ような場合には,本当に何でも書き放題だし,攻撃的な事を書いてると,だんだん自分の中でハウリング状態となり,より増強されていってしまうのでしょうね。将来的には,ネット社会のこの「負」の部分もAIの力で改善が可能ではないかと思うのです。「将来,情報関係の仕事について,人々の幸せに貢献するものを作りたい!」という夢をもっている諸君,よろしくお願いしますね。ちなみに,私のこの投稿は決して,人を攻撃したり,被害を与えたりはしていないと思うのですが,「このたいして意味のない長文をついつい最後まで読んでしまうのに貴重な時間を費やしてしまっている私は,りっぱな被害者だ!」と思われている皆さんには,心よりお詫び申し上げます。
さて,表題の曲にもありますように,今日(3月3日)は「ひなまつり」ですね。私の家など,娘がいつの頃からひな人形を出さなくなったのか,その記憶さえありません。これは全くもって親の怠慢で,出すのと片付けが大変だから‥。おじいちゃん,おあばあちゃんの世代はマメに出してくれていましたよね。皆様のおウチはいかがでしょうか。日々の生活の中で季節感を出し,文化を継承していかなくては‥と思ってはいるのですが,最も身近な自分の家庭では,恥ずかしながら全くできていません。ウチの家族は今朝子どもに,「今夜,カレーでいい?」なんて大きな声で言っているのを耳にしました。「はぁ?今日はちらし寿司だろう!そんなことだから,ウチの子供は感性が育たんのやぁ!」と,登校中の車の中で一人でつぶやきました(笑)ひな人形の飾り付けも,ちらし寿司も作れない私は,教職員に今朝「ひなあられ」を配りました(写真3段目)。先生方は優しく微笑んでくれました(笑)。ここで「微笑みがえし」などと言い出すと,表題の歌から派生して,文章の終わりが見えなくなるのでやめときますね。もし,読んでくれている生徒さんがいたら,全く意味不明だと思うので「微笑みがえし」は,お父さんの世代,いえ,おじいちゃんか,おばあちゃんにお聞きください(笑)。それで(ホンマに支離滅裂)今年は,新型コロナの影響で,全く懇親会もできず,先生方の慰労もできていないことを私は心苦しく思っているのですが,その代わりが「福豆」や「ひなあられ」では,あまりにもチープすぎると気にはしております。決して「いえいえ校長先生,金額よりも気持ちです!」という言葉を期待している訳ではありません。 どちらかというと私は「金額よりも,ウケ!」を大事にしています(笑)。やっぱり変な校長ですかねぇ。
昨日(3月2日),ものすごい風が日本列島を吹き荒れました。そんな中,四国のお隣の近畿地方は「春一番」が吹いたようです。なぜか,本県を含む中国・四国地方は2月20日に吹いたことが発表されましたが,昨日の方がそれらしかった気がするのですが,いろいろ条件があるようです。今年度,変更に変更を重ね,今月17日~18日にかけて本校の修学旅行が向かう先は和歌山県です。高野山,和歌山城,南紀白浜,アドベンチャーワールド方面に4クラスの生徒がバス6台に分乗して(二人掛けシートを1名使用)向かいます。学年団が検討に検討を重ねて万全の体制で実施します。一番うれしいのは,2年生全員が一人の欠席者もなく修学旅行に参加できることです。そんな和歌山県も昨日,春一番が吹いたようです。そしてこの「春一番」というフレーズを聞くと,どうしてもこの「♪ 雪が溶けて川になって‥‥つくしの子が恥ずかしげに‥♪」を口ずさむのは,私にとってもう,条件反射の領域(!)です(笑)。https://www.youtube.com/watch?v=RTipNzw4CiI 従って,ひょっとしてと思って,1年前に「春一番」を話題にしたであろう2月のページを見ますと,やはり‥。成長のない私です。もしお時間があったら,下の2019年度をご覧ください(これ以上この駄文を読んでくださいという要求は,もはやパワハラかも〈笑〉)。それで(まだ続く?ちょっとひつこい[しつこいの方言]ですよね)今年はこの修学旅行を始め,多くの行事が中止,変更,縮小となりましたが,出張の方もほとんどが中止,またはリモートとなりました。私自身,今年予定していた県外での会議が20回近くなくなり,そのうち半分近くがリモートでの会議となりました。実際リモート会議を経験してみて思うのは,コロナ禍が収束しても今後,リモート会議はそのメリットを生かせる場面では残っていくのかなということです。私はもっぱら,校長室の自分の机の上に置いてある23インチモニターの上に取り付けたマイク内蔵カメラで参加しているのですが,最近,背景を変更できるソフトや本人以外をぼかすソフトを使っている参加者も増えてきました。私は,決して全国知事会議の影響を受けたわけではなく(笑)本学の学長が「発信力が大事!」と常々申しておりますので,背景に校章と本校のマスコット「フチュッピー」をあしらったバナースクリーンを作って出演(!)しています(写真下段)右端に積み上げているのは,技術の先生とわかってもらうため(!)の,HF帯からVHFまでのアマチュア無線機器や航空無線の受信機群です(アンテナは,屋上に20メートルのダイポールアンテナを張り巡らし,校長室まで引っ張っています)。先日も徳島県の教育会の代表の一人として,文科省への陳情等の会議をリモートで東京の自民党本部と繋いで実施したのですが,前文科大臣と話す機会があり,司会の方が学校名も丁寧に説明してくれたので,ちょっとした宣伝になったのではと,自画自賛しております。このバナースクリーンは簡単に持ち運びできるので,リモートでの集会や表彰の背景にも今後活用していきます。
いよいよ2020年度もあと3週間あまり。調子に乗って(!)あと2回はこのページも書き換えられるようにしたいと思います。単なる自己満足だけですが,毎回読んでいただいている奇特な皆様,年度末までお付き合い,よろしくお願いいたします。 『がんばれ~3年生!!』