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令和3年新しい年が始まりました。新型コロナウイルスの感染拡大は一向に落ち着きませんが,丑年のイメージのように,もうしばらく「我慢して,耐えて」そしてこの事態を克服できる希望が持てる年になることを願ってやみません。徳島県は全国でも感染者は少ない方とはいえ,最近は小中学生にも感染が見られ,いつ本校でも在校生や教職員が感染してもおかしくない状況です。それに備えて,そのときの対応,感染の広がりを最小限に抑えるための我々の行動を再度確認し,所謂クライシスマネジメントをしっかりとやらねばと肝に銘じているところです。
さてそのような中,本校は附属学校という形態から,入学学力検査が冬休みが終わるとすぐ実施されます(写真上段)。その準備の関係もあって,毎年冬休みは1月5日までで,今年最初の授業は,県内の学校で最も早く1月6日から始まっております。(その分,冬休み前の授業最終日も県内で最も早く,今年は12月18日でした) その翌日,1月7日に本校伝統の「新年揮毫式」が開かれました(写真2段目)。初めてこの行事名を耳にされる方は,後述の私の今回の開会式での挨拶文をよろしければご参照ください。昭和26年から続くこの行事は,年末の国営放送の今回戦後初めて無観客で実施した歌合戦!と同じ回数です。(今年の歌合戦の白組司会者よかったですねぇ。名字が私と同じで,名前も私と同じ一文字!〈洋と計では大違い【笑】〉 番組中,名前を連呼されるたびに,親しみを覚えました〈笑〉。12~13年前,今ほど有名でなかった頃,本校へ年に1,2度「大泉 洋 先生」という郵便物が届き,事務室で大笑いされました。私は同姓だからというだけでなく,人柄をはじめ,大変リスペクトしています!)あの歌合戦は,1回から3回までは正月に実施していて,第4回から大晦日に実施するようになったので,この年は年に2回開催したことになるため,本校の揮毫式と同じ昭和26年から始まり,回数も全く同じで今回が71回目なのです。この間,1度も途絶えることなく続いてきているだけに,昨年の4月,5月の休業措置の頃,私は頭の中に「もしや‥」という思いが一瞬よぎりました。そのときはどうやって全校生徒が揮毫をするか,少なくとも『令和3年元旦』とは書けないのではないか‥,などと悩んだことを思い出します。今回,例年のように全校生徒が体育館に入って開会式をしたり,保護者の公開はできませんでしたが,1,2年生には,教室へ開会式の様子をハイビジョン中継し,無事例年と同時期に実施することができ,未来へのバトンをつなぐことができ胸をなで下ろしています。後述の挨拶の中にもありますが,70幅の雄名録(全校生徒,教職員が氏名を揮毫したもの)を表装した掛け軸が体育館を取り囲む様子(写真2段目下)は荘厳な中に,凜とした空気が漂います。体育館に入場してくる生徒も1万3千人に及ぶ先輩や先生方の氏名に囲まれて,本校の伝統を感じ,未来へ繋ぐ責任を自覚してくれているようでした。
そんな子供たちに,表題のあまりにも有名な歌(この「大空と大地の中で」は,先月の候補曲でした)の中の次のフレーズを捧げたいです。 ♪ ‥‥ いつの日か 幸せを 自分の腕でつかむよう 歩きだそう 明日の日に ふり返るには まだ若い ‥‥ ♪ 今から43年前のリリースで私は中学3年生でした。でも名曲は時代を超えて歌い継がれます。https://www.youtube.com/watch?v=HvdbftbniSU しかし,さすがに今の中学生は知らないでしょうか?私は学生の頃,このアーティストのアルバム「起承転結」のシリーズをよく聴いており,大学4年生の冬,出身地の「足寄(あしょろ)」の駅まで行って,極寒のホームでこの曲が流れてきた瞬間,大変感動したことを昨日のことのように思い出します。タイトルは,なぜ先ほどの歌詞とは別の箇所のフレーズにしたかと申しますと,私は毎朝,半時間程度校門前に立って,子供たちの登校(写真3段目)を迎えたり,学校前を徐行して通行してくれるドライバーの皆さんに挨拶をしているのですが,12月に入った頃から,さすがに朝は寒く,冷たくなってきたので,(年末年始から,記録的な大雪が北陸を中心に続きました。徳島県でも成人の日前後は県西部を中心に積雪がありました。(写真下段)は,私の実家のある徳島市から50Kmほど西部に位置する,つるぎ町のJR阿波半田駅と,本校の公用車「フチュッピー号」の積雪です。徳島市内も本校のあたりはこの程度でした)思わず手に息を吹きかけたのです。いつもは,その瞬間,手がほっこりするのが感覚的にわかっていたのに,その感覚が無いのです!そらそうですよね(笑)。昨年までと違って「マスク」をしているため,マスク越しの息では,いつものような暖かさ(!)が無かったのです。その時に,将来いつまでも言い伝えられるであろう,歴史に残る時代を生きていることを実感するとともに,思わずこのフレーズを口ずさんだのです。このように,相変わらずドジでヘン(!)な私(本人はいたってノーマルな教員と思っていますが周りの理解は違うようで‥〈笑〉)ですが,本年もたいしたことはできなくとも,牛のごとく一歩一歩ゆっくりでも歩みを止めることなく,子供たちの幸せのために進み続ける所存でございますので,附属中学校共々,どうぞよろしくお願いいたします。
それでは,1月7日に実施した71回目の新年揮毫式の校長挨拶の内容です。(今年の年末年始は,どこにも出かけず,田舎の実家のコタツでずっとこの文書の暗唱に時間を費やしました。ホントに呆れるくらい記憶力が落ちました。これをかつて赤瀬川原平が唱えた「老人力」と言いたいところですが‥)
【第71回 新年揮毫式 校長挨拶】
令和3年,新しい年が始まりました。皆さん,今年もよろしくお願いします。
ちょうど1年前,昨年の揮毫式をおこなった令和2年1月7日には,中国の一部で新型のウイルスが猛威をふるっているというニュースは知っていましたが,世界中がこんな未曾有の事態になると予想できた人はいなかったと思います。その結果,私たちの生活,皆さんにとっての学校生活も大きく変わり,多くの制約を受けることになりました。皆さんにも学校行事を始め,様々な場面で我慢をしてもらっていることには申し訳ない気持ちでいっぱいであるとともに,よく辛抱して頑張ってくれていることに感謝しています。日々のニュース報道でもわかるとおり,かつての日常を取り戻すには,すべての人が力を合わせて,もう少しいろいろなことを我慢をし,ルールを守っていくことが求められています。
そのような中,この伝統ある揮毫式の行事も,4月,5月のように学校が再び休校になってしまっていては,実施が難しかったかもしれませんが,こうして,全校生徒が開会式に体育館に入れなかったとはいえ,工夫をして無事,71回目の揮毫式ができることを心からうれしく思います。教室で見ている2年生,1年生の皆さん,特に1年生の皆さんは,この揮毫式は初めての行事となりますが,これは先ほど総務委員長さんの説明にもありましたように,昭和26年から続く,本校伝統の行事です。昭和26年というのはサンフランシスコ講和条約が締結された年で,ようやく先の第二次世界大戦が終了したことを世界が認め,日本から連合軍が撤退し,戦後の復興が本格的に始まった頃で,その当時,正月に全校生徒が附属中学校に集まり,当時は体育館はありませんから運動場ですが,そこで氏名を揮毫したのが始まりで,当時の附属中学生は現在84歳から86歳になられていることと思います。当時の先輩たちも大変な世の中だったことと思いますが,その年への夢や希望を込めてしっかりと揮毫をされたことでしょう。
そして,その当時から現在までの附属中学生や附属中学校へ勤めていた教職員の揮毫が全て本校に保存されており,この行事が今まで一回も途絶えることがなかったということに大きな価値があるというか,これはもう奇跡的なことだと思います。そのような70回の歴史の中で,この開会式に全校生徒が集まれなかったというのは,たぶん今年が初めてだろうと思います。しかし,将来振り返った時,歴史的な年になるであろう今年,71回目の揮毫式が無事実施でき,未来へバトンが渡せたということ,そしてそこに立ち会える私たちは,附属中学校の歴史に,大きな足跡を残せたことになると思います。このような状況の中で揮毫式ができたことを将来,皆さんの子供や孫が附属中学校に通うことがあれば,大いにこの1年間の状況とそれに負けずに頑張った皆さんの努力を,これから揮毫する雄名録を見ながら語ってあげて欲しいと思います。
今この体育館にステージに向かって右側の最も前方につるされた,昭和26年の第1回揮毫式の雄名録から,毎年書かれた雄名録が順番に体育館の壁をぐるっと囲みこのステージ上に掲げられているのが,2年生も3年生も揮毫した昨年の雄名録です。その数70幅の掛け軸が今,体育館にいる3年生の皆さんを取り囲んでいます。1万3千人に及ぶ皆さんの先輩や先生方の名前に囲まれて,何とも言えない厳かな,凛とした雰囲気を感じませんか。2年生もそして,初めて経験する1年生も後ほど,この体育館へ入場した時にその空気感を味わうとともに,本校の伝統を感じ取ってください。これだけの先輩が作り上げてきた附属中学校の伝統をしっかりと受け継ぎ,そして後輩へとつないでいくという自覚と責任を感じてもらいたいです。
それでは,私の揮毫した言葉を紹介します。総務委員さんお願いします。(ここで私の揮毫したものを生徒二人が掲げてくれます。〈写真2段目上〉) 「こっき ふくれい(克己復礼)」と読みます。
これは,論語に出てくる孔子の教えで,己にかちて,礼に服するという言葉ですが,その意味は,自分の弱さを克服し,礼儀を守ろう,すなわち,自己中心的な考え方を我慢し,社会から求められている規律やマナーを率先して守りましょう。ということです。特に率先して,というところを附中生の皆さんには大事にして欲しいと思います。
まだまだ,新型コロナの感染状況が余談を許さない中,一日も早い普段の日常を取り戻すために,みんなで頑張る。そのために,もう一踏ん張り,我慢をして,辛抱をして,みんながしんどい時にこそ,皆さんには,率先して模範的な言動を示せる人になって欲しいと心から思いますし,私自身もしっかり心がけようと思い,この言葉を選びました。
あと3ヶ月もすれば,3年生は新しいステージへ一歩を踏み出し,2年生は本校の最上級生となり附属中学校をリードします。1年生は,中学生になってはじめて「先輩」と呼ばれる立場になります。そのような各自の2021年に思いを巡らせて,この後,しっかりと揮毫をしてください。最後に,今年は丑年です。牛というと,おっとり草をはむ,のんびりしたイメージがありますが,大変力持ちで,昔は食用よりも,労働力として人々の生活に欠かせない大切な動物でした。その働きぶりから,「我慢して耐える」「少しずつでも努力を続けると必ず結果が出る」などの丑年のイメージがあります。また干支の丑という難しい漢字,年賀状に書いた人も多かったと思いますが,あれは,赤ちゃんが生まれるときに手を握りしめている形に由来しているそうです。それで,丑年は誕生とか,新しいものが作り出される創造などもイメージされるようです。2021年が,新型コロナウイルスによる今の状況を我慢して耐え,そして克服して,新しいイノベーションがどんどん起こる,希望に満ちた年になることを期待して,私の話を終わります。記憶に残る,すばらしい1年にしましょう。