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今(9月6日)、かつて経験したことのないような大型の台風10号が九州へ近づいています。徳島は暴風域からは離れているものの強風域の範囲内で、23時を過ぎて段々と風雨が強くなってきました。校長室の私の座っている後ろの窓は東側に面していて,その外には運動場があり,運動場のスペースで風が舞うためか、その音も大きく唸ってきました。また、屋上から校長室に引いている無線機のアンテナ線のケーブルが、少し余裕を持って張っている関係で、時々窓に打ち付けられ「バシッ」という音がしてドキッとします。しかし、九州方面はこれどころではないのでしょう。熊本を中心に先般の水害で大きな被害が出たばかりなので、大変心配です。それにしても「異常気象」と言われて久しいですが、今年は本当に7月末が大変涼しかったと思ったら、それからの猛暑、「立秋」以降が最も暑かったように思います。その上、新型コロナウイルスの影響で、本来なら夏休みだった日々が毎日授業となり、子供たちも、そして教員も初めての経験で思っていた以上に大変でした。雨も久しく降っていないと思ったら,台風9号,10号が立て続けに発生する等,本当に極端です。
そんな中、本校の使命の一つである教育実習が始まり、49名の実習生がやってきています。感染予防のため、これも今まで経験したことのないくらい、あらゆることに配慮しながら取り組んでいます。しかし、将来の子供たちの教育を担ってくれる教員の卵たちを、しっかりと指導しなくてはなりません。私も36年前の本校での教育実習が,今の自分の原点であり,感謝しています。実習期間中のうまくいかなかった授業や、生徒の印象的な発言は、今でも鮮明に覚えていますし、評価授業の指導案は今でも十分復元できるくらい記憶しています。(教員になってからの数々の研究授業の詳細は、ほとんど記憶に残っていないのですが‥)このような状況の中ではありますが、実習生の皆さんには「教師になりたい」という気持ちをより強くしてもらえるよう、全教職員で支援していきたいと思っています。
徳島県は、7月までは全国でも新型コロナの感染者数が少ない県の代表であったのですが、8月だけで何と100人以上の感染者が出ました。そういう中で、先日文化祭、体育祭を例年とは日程も種目も縮小はしましたが、実施することができました。実施に向けて度重なる会議を重ね、知恵を出し合いました。中止するのは簡単ですが、今の条件下で、生徒の安全面を最優先しながら可能な範囲で、できることを考えてみようということで、意見を出し合ってイメージをしながら、実施方法を検討しました。私の錆び付いた脳では限界がありますが、先生方と議論する中で「チーム附属中」を実感しました。具体的には、全校生徒が体育館に入るのは密になるので、近隣の中規模、大規模校はすべて今年の文化祭を中止とする中、本校は3年生のみを体育館に入れて、恒例の劇やダンスを披露しました。ただし劇は舞台の下で、音声担当がアフレコをして役者はしゃべらない、そして、劇に出演した生徒も、全員で踊るダンスも演じるときは全員に配布したマウスガード(透明マスク)を着用してもらいました(写真上段)。そして、1年生2年生は、体育館から100mの配信ケーブルを引張って教室へ配信し、テレビで観戦しました。ビデオカメラも配信ケーブルや機器も放送局グレードなので、全く映像が劣化することなく臨場感ある映像が配信できました。見ている生徒も拍手を送ったりして楽しめていたようでした。保護者は残念ながら参観できませんでしたが、その一部をDVDなどに記録したものを見てもらう機会が設けられたらと思います。当初は、4月5月の休業期間中に教材を配信したYouTubeの本校チャンネルを使って保護者にも見てもらおうかとも考えましたが、3年生の各クラスが踊るダンスには生徒が選んだ音楽が入っているので、著作権上の問題があり不可能でした。翌日(9月4日)の体育祭は,台風の影響が心配されたのですが、雨が降ることもなく、競技時間と種目は例年より減らしましたが、無事行うことができました。これも、全校生徒が多い学校では保護者が入ると、いくら屋外とはいえ運動場が密になるため、学年ごとに時間を分けて実施したり、保護者を入れずに非公開で実施する学校がほとんどのようですが、本校は徳島市の陸上競技場を借り切って行ってきた(昨年までの2年間は競技場の改修工事のため市立体育館で実施)ので、広々とした中でできました(写真2段目)。体育祭の中で人気種目の10人11脚や、綱引き、そしてフィナーレを飾る全校生徒によるフォークダンスは,極めて密接状態になるためできませんでしたが、子供たちは限られた種目の中でも、どのクラスもチームワークを発揮してよく頑張りました(写真3段目)。ただし、この日を迎えるまでの練習は、熱中症に配慮しながら体育科の教員を中心に大変な準備と配慮の連続でした。子供たちと共に我々のチームワークも一段と高めることができた行事でした。
さて、最後に(毎度のことながら長い!)表題の曲です。最近一部の方々から「今度はどんな曲?」「次の昭和の話に興味があるので、更新をさっさとせー」等と、わざわざ連絡をいただいたりするので、うれしかったりするのですが、くれぐれも調子に乗らないように気をつけます(笑)。 私はTV音痴で最近のドラマとかにはついて行けず、校長室では、夜9時から、NHK→TV朝日→日テレの順に報道番組を見るのがルーティンなのですが、それ以外の番組では土曜日の「○○で最も受けたい授業」というのをその日の内容によって、時々見ています。昨日(5日)は作詞家の松本隆さんが先生ということで、食い入るように見ていましたが、予想を裏切らない感動の連続でした。昔からリスペクトしていましたが、実際にヒット曲の歌詞に秘められた話を聞いて、改めてすごい人だと思いました。松田聖子さんのヒット曲が多く紹介されていましたが、それはまた別の機会(!)として、今回はこの「9月の雨」(1977年)を歌った太田裕美さんに関することです。テレビで紹介されたのは大ヒット曲の「木綿のハンカチーフ」でした。といっても1975年、私が中1の時のリリースですから、保護者の皆さんも大多数は生まれていないのでしょうか‥。でもこれだけのヒット曲ですから、今の中学生も聴いたことはあるのかもしれません。その番組の中で松本さんに「どうして木綿のハンカチーフという木綿にこだわったのですか」と司会者が聞いたときに、「歌詞として残さないと,この素敵な日本語が消えてしまうと思ったからです。45年前でもすでにコットンというのが普通で、木綿という言葉は死語になりかけていました」と答えたことに感動しました。しかし、すぐにスタジオの女性タレントの「木綿なんてトーフ以外に使うなんて知らなかった」という発言に興ざめしました(笑)。その番組の中でこの「9月の雨」は紹介されていませんでしたが「木綿のハンカチーフ」と同じ、松本隆、筒美京平というゴールデンコンビによる作詞・作曲です。今、ますます窓に打ち付ける雨や風の音が大きくなってきましたが、この曲では「♪ September rain rain 9月の雨は優しくて September rain rain 涙も洗い流すのね ♪」と歌っています。雨というのは、やはり今聞こえている窓を叩きつけているような降り方では無く,この歌詞くらいの降り方が情緒があっていいですね。また、「令和」になって自然災害の多発や新型コロナウイルス等、暗いニュースが多いですが、この年号の始まりを思い出して、「木綿」のように、素敵な日本語を大切にしていきたいと思った「長月(九月)」の初めとなりました。
それにしても大きな台風です(写真下段)。これから早朝にかけてより風雨がひどくなるとのことです。ところで台風の進路ですが、2日くらい前から、ほぼ予想通り九州沿岸部を北上しています。台風が発生するとその予想進路は、いつも扇形で示されていました。無知な私は小さいとき、何も知らずにあの扇形が大きいと大型台風と思い込んでいました。今回はほぼ長方形というか、細い楕円形で示されています。これは世界一となった日本のスーパーコンピュータ「富岳」だけでなく、世界中のスーパーコンピュータの情報を加味して計算しているからだそうです。それだけの技術があっても台風の進路を変えたり、台風の気圧を変えたりはできないのですよね。自然界のエネルギーをコントロールし、自然災害を回避する技術は、いつ頃人類が手にすることができるのか「富岳」に計算してもらいたいものです。