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新型コロナウイルス感染症対策に向けて,県教委が県議会で答弁している様子が地元ローカルテレビ局のニュース番組で放映されていたのを校長室で見ながら,卒業式の規模の縮小について考えていた時に,いきなりニュース速報として「全国の小・中・高・特別支援学校は来週月曜日(3月2日)から春休みまで臨時休校にすることを安倍首相が要請」という第1報が飛び込んできました。私は自慢でも何でもありませんが,結構小さい頃から自分は意識していないのですが,ポーカーフェースと見られていて,なかでも驚きとかは表出できにくい体質(!)みたいです。この仕事を始めてからは,意識して多少表現はできるようになったものの咄嗟には,いまだに声や表情が出てきません。(昔,職員室で私のすぐ横のガラスが割れて,ソフトボールが飛び込んできた瞬間,みんなが大声を上げたのですが,私はびっくりし過ぎたからではなく,特に声を発しなかったのですが,その一週間後,風邪で声が出なくなった時に当時の校長が,大泉教頭はあの時のショックが今頃現れてきて声が出なくなりました,彼も普通の人間だと安心しました,とみんなの前で紹介されたことがありました。)またまた,前置きが長くなりましたが,そんな私でも,そのニュース速報を見た瞬間,「ウソッ!」と思わず小さい声が出ました。
県教委がそんなそぶりもなく答弁しているニュースが流れている時でしたから,どこにも事前の情報がなかったことは明らかで,いきなり大きな地震に襲われたような感じでした。自然災害と同列で語るのは不謹慎かもしれません。でも1か月前まで,ここまでのことは誰も想定してなかったし,自然災害に対しては,定期的な訓練をはじめ,様々なシミュレーションがなされていますが,いきなり「年度末は,もうおしまい!」と言われても‥‥。1,2年生の登校日は明日1日だけ(次は4月8日の始業式?),(3年生は入試当日と卒業式当日!)
職員室は,校長の力不足で,働き方改革の進まない本校の実態に今回は助けられ,勤務時間をとっくに過ぎているにも関わらず,ほとんどの教員が仕事をしていましたので,早速明日1日をどう過ごすか,時間割変更を考えてもらい,学年主任には急遽早く登校してもらうことにして,緊急企画委員会,1時間目を全校自習にして,緊急職員会と教頭を中心に段取りを進めてくれました。臨時休業までの最後の1日となった翌日は,1,2年生は期末テスト2日目(最終日)なので,その4時間はキープして,その後,学活をして,一言一句,担任から伝えられる内容に差が無いように,学年主任が学活の内容を確認できるプリントを作成しました。3年生は,徳島県はこれから公立高校の入試があるため,(出願は終わったばかり)急遽,午後から高校別に受検票を配り,引率教員との打ち合わせも実施しました。激励を兼ねた全体指導は,普段は多目的ホール(学年150名がちょうど入る広さ)で行うのですが,今年は暖かいこともあり,体育館のフロア全体に間隔を十分取って座らせ,生徒,教員全員がマスク着用で,短時間で入試に向けての説明を行いました。私からは,「今年の本校の重点目表であった,挑戦する気持ち,あきらめない気持ちを今こそ発揮する時であり,ピンチをチャンスに変えよう」という話を短く伝えました。
今回の感染症対策には,いろいろと賛否があります(批判だけならいくらでも言えますが,代替案を持って説得力のある意見が聞きたいものです)が,私もこれでも学校を預かる身であるだけに,初期対応の難しさ,判断力,スピードが求められる場面を度々経験しています。「いい決断だった」なんて,万人から言われることはまずあり得ないし,否定的な意見ばかりが耳に届くことが多く,なぐさめも嘲笑にしか聞こえないくらい,自分の器量の狭さに自己嫌悪になって校長室に引きこもること(本校の職員からは,また校長室で音楽や無線を聞きながら遊んでいると思われていますが‥‥)が多いです。本校は,教育委員会からの指示があるわけでなく,設置者は大学なので,県教委,市教委からの連絡体制は近隣の公立中学校とは少々違うのですが,徳島市の校長会にも入れていただいており,概ね地教委の方針に沿っているのですが,今回のような急を要する事案が発生した際,どんどん教育委員会から指示を頂ける環境ではないので,校長判断で動かなくてはならないことが多く…,などという言い訳はおいといて,とにかく,近隣校と最も大きな差である,通学範囲(校区)が市外まで及ぶ広範囲な者も多いという点を念頭に置いて,最大限の配慮をしながら,生徒に今回の,そして今後の対応を伝え,『みんなで我慢してこの難局を無事乗り越えられたことを誇れる日が来ることを信じて』 これからの生活を見守っていくと共に,知恵を出し合って,子供たちの生活に寄り添えるベターな方法を考え実践していくつもりです。今こそ,『チーム附属中』の一体感を強固にする時だと思っています。
そして,子供たちがこれから生きていく,「予測不可能な世の中」は,まさにこのような事が次から次へと起こるかも知れないし,AIの目覚ましい進化でそれらへの対応も変わってくるかもしれません。そんなこれから生きていく世の中へ,子供たちに不安を抱かさないためにも,今回の感染予防に努める大人の姿をしっかりと見てもらえるよう,頑張らなければいけないと思います。ネットであらぬ噂を流したり,それに踊らされてモノを買い占めるような大人の姿は見せたくないものです‥‥。そんなことを考えていたら,こんな状況でも単純な私は,校長室で休日の夜(2月29日22時),雨音を聞きながら一人こんな駄文を書いていると,やはり歌のフレーズが背中を押してくれるのです。
♪ 負けないで もう少し 最後まで走り抜けて。どんなに離れてても 心はそばにいるわ。追いかけて 遥かな夢を。 何が起きたってヘッチャラな顔をして どうにかなるサと,おどけてみせるの……… 負けないでほらそこに ゴールは近づいている どんなに離れてても 心はそばにいるわ 感じてね見つめる瞳 ♪
いつものような私の子供の頃の曲ではなく,つい最近(といっても,1993年リリース,今から27年前!)の曲ですが,毎年24時間テレビのマラソンのゴール前で流れてるので子供たちもよく知っています。これは,私を励ましてくれる応援歌のひとつです。人前に全く姿を現さない今は亡き,坂井泉水(ZARD)が9年目にして初めて人前でライブをした,今何かと話題の豪華客船(あの船ではありませんが)の船上ライブに,実は私も申し込みをしましたが外れました!(定員600名に対し,ベスト盤CDについている応募券を送った人は100万人!だったそうです)私には,このシンプルな歌詞とテンポが,まさに今の日本が元気になるようにとの応援歌に聴こえてきます。