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みなさま,明けましておめでとうございます。令和になって初めてのお正月は,徳島県下は,大変穏やかな天候に恵まれました。本校は,冬休み中から,伝統の揮毫(きごう)式の準備をはじめて,冬休みが明けたらすぐ揮毫式を行い,週末の土日には本校の入学検査があるということで,ゆっくり新年の気分を味わう間もなく日々バタバタしているのが,この時期の風物詩となっています。昨年の年明けのこのページには,国営放送が大晦日に行っている歌合戦にあまりにも自分の青春ど真ん中のアーティストがたくさん出演したので,その事を思うままに書き綴りましたが,令和元年の大晦日の歌合戦は,AIで蘇った往年の大スター等話題は多々ありましたが,前年程印象に残りませんでした。これも歳のせいで感動が薄らいだのでしょうか。私と同じ年齢のかつてのアイドルが当時の衣装と変わらない装いで大ヒットした曲をメドレーで歌う姿には,驚きましたが,レコードやCDだと,当時と変わらぬ音域の瑞々しい声が聴けるだけに残念に感じた度合が高かったです。ただ,ワールドカップラグビーの日本代表選手の前で,前年に引き続き御夫妻で登場して歌った「ノーサイド」は,かつて早明戦が(旧)国立競技場で行われたとき,そこで歌った姿を思い出し,その頃の自分がオーバーラップして懐かしかったです。
ウダウダと,歌合戦の寸評を言うのはこれくらいにして,この歌合戦と本校の関係(!)を紹介します。昨年も述べましたが,この歌合戦の回数と,その約1週間後あたりに実施している本校の「新年揮毫式」の回数が同じなのです。したがって,今回は記念すべき70回目の揮毫式でした。戦後の復興が本格的に始まった昭和26年の正月に全校生徒が集まって,第1回の揮毫式をしたのです。今年,私が揮毫する文字は11月頃から練ってはいたのでですが,生徒の中に,軽はずみな言動や行為で仲間を悲しませるというようなことが,いくつか見られたので,急遽クリスマスの日(!)に仲間を大切にすること,そのためには美しい清らかな心を忘れないこと,そうすることで,自分も多くの人に助けられて生きているんだ,という事を実感してもらいたいと願って決めました。なぜ,クリスマスの日(12月25日)だったかと言うと,この日の深夜,毎年,年に1回放送される(昨年は都合でありませんでした)「クリスマスの約束」という番組があります。私がこの番組をつくっているアーティストの大ファンであることは今までにも何度も紹介してきました。あの声が72歳の方の声だと思うと,先の大晦日の歌合戦に出ているアーティストの中には,もっと頑張って欲しくなる人も大勢います。(あくまで私見です) その,今年18回目を迎えた,通称「クリ約」に表題の大ヒット曲を出したアーティストが出演し,久々に弾き語りでこの曲を聴くことができ,ビビットきた(表現が古い!?)ので,その時感じた感性に沿って,子供たちに伝えたいメッセージをこの瞬間から新たに考え始めました。
その年末年始に考えた,揮毫式で話した挨拶を下に紹介します。以前にも話しましたが,本校の子供たちは挨拶とかを,紙を見ながら読んだりせず,顔を上げてしっかり話します。それに負けじと私も一応これを覚えて話したのですが,寄る歳には勝てず(何でも歳のせいにするのはズルいとは,わかっているのですが‥‥)原稿用紙6枚分の分量を覚えるのに,年末年始,多くの時間をブツブツと暗唱するのに費やしてしまいました。そのうえ,当日は,地元の国営放送局,地方ローカル局の2台のテレビカメラが入り,地元紙の記者も取材に来ていたので,それなりに緊張もしました。でも子供たちの表情,後ろで見守ってくださる多くの保護者の皆さんの視線は,とても心強かったです。
令和2年の「校長室から」もいきなり,スタートから,まとまりの無いことを書き連ねましたが,本年もどうぞよろしくお願いいたします。
【令和2年1月7日 揮毫式でのあいさつ】
令和2年,新しい年が始まりました。皆さん,今年もよろしくお願いします。
今年は,ねずみ年,どうして干支の中で,ネズミが一番最初なのか,年賀状を書くときに調べた人もいると思います。牛の背中に隠れて,神様の前に一番にたどり着いた話,猫をだましたから,猫は干支に入れず,それ以来,ネズミは猫に追い回されている話など,楽しい説もあるようですから,また調べてみてください。
さて,令和という年号の元で初めて迎えたお正月は,穏やかな天候に恵まれました。令和という年号になってまだ8ヶ月余りですが,もう令和という響きもすっかりなじんだような感じがしますが,昨年の4月まで続いた平成という時代は,皆さんは生まれて来て半分にも満たない期間しか平成という時代は過ごしていません。しかし,これからの令和の時代は,まさに皆さんが中心となり,徳島を日本を,そして世界を牽引していく立場となります。
その令和という時代になって初めての,本校伝統の新年揮毫式が,こうして令和になっても無事,開催されることを本当にうれしく思います。これもひとえに,冬休み中にも集まって準備をしてくれた総務委員さんの努力と,大掃除に一生懸命取り組んでくれた全校生徒,眉山,吉野川,太平洋の水を忙しい中,採取してきてくれた先生方をはじめ,本日揮毫をしていただく全ての皆さんのおかげです。ありがとうございます。
本校には伝統的な行事がいくつもありますが,なかでもこの昭和26年から続く新年揮毫式は,本校が誇れる行事であると共に,いつまでも絶やすことなく続けていかなくてはならない行事です。今年で70回目を迎えるこの行事が,1度の中断も無く,今までずっと年の初めに続いてきたことは本当に素晴らしいというか,奇跡的な事だと思います。
昭和26年というのはサンフランシスコ講和条約が締結された年で,日本からようやく連合軍が撤退し,戦後の復興が本格的に始まった頃で,その当時,正月に学校に集まり全校生徒で揮毫した当時の附属中学生は現在83歳から85歳になられていることと思います。当時の先輩たちもその年への思いを込めてしっかりと揮毫をされたと思います。
今この体育館にステージに向かって右側の最も前方につるされた,昭和26年の第1回揮毫式の雄名録から,毎年書かれた雄名録が順番に体育館の壁をぐるっと囲みこのステージ上に掲げられているのが,2年生も3年生も揮毫した昨年の雄名録です。その数69幅の掛け軸が今,皆さんを取り囲んでいます。1万数千人の皆さんの先輩や先生方の名前に囲まれて,何とも言えない厳かな,凛とした雰囲気を感じませんか。1年生は初めて,2年生は2回目,3年生は最後となる今日の揮毫は記念すべき令和という年号の入った初めての掛け軸となって,3月13日の卒業式ではこの壇上右側に飾られることになります。
そして,将来,この揮毫式に飾られる掛け軸が80幅,100幅になっても令和最初の雄名録として皆さんの名前はずっと残り,後輩たちを囲むことになりますから,しっかりと揮毫し,教室では今年にかける思いを雄志録にしたためてほしいと思います。
それでは,私の揮毫した言葉を紹介します。 「せいしん じたつ(清心事達)」と読みます。
清い心を持ち続けてこそ,事は達成できるという意味です。皆さんには,4月以降,様々なことに一歩踏み出して挑戦していって欲しい,そしてうまくいかなかったときは,その過程をしっかりと振り返って,またあきらめすに挑戦し続けて欲しいとお願いしてきました。皆さんの挑戦するものはスポーツであったり,勉強であったりと様々だと思います。
しかし,そこに,人を悲しませるような言動や,人の心身を傷つけるようなことがあれば,目標にはたどり着くことはできません。そんな人を心から応援はしてくれないからです。清い心というのは尊いものです。皆さんの心の中にもし,そういう清らかさを失っているという自覚がある人は,是非目標達成のためにも,この令和最初の揮毫式をきっかけに,自分で自分をいさめてください。今皆さんを囲んでいる1万数千人の本校の先輩も後輩たちが,仲良くそして,創立以来の校訓である人間学校に恥じない成長を期待していると思います。
私は本校に赴任した17年前,先輩の先生から「附属の品格」 という事について指導されました。子供たちに文武両道をめざさせるのはもちろんだが,それを支えるのは美しく清い心であり,その心を何よりも大切にすることで生まれる 「附属の品格」 がしっかり生徒と共に身につくように努力しなさい,というものでした。
あと3ヶ月もすれば,3年生は新しいステージで一歩を踏み出し,2年生は本校の最上級生となり附属中学校をひっぱっていきます。1年生は,中学校ではじめて「先輩」と呼ばれる立場になります。皆さんの本来もっている,清い心を思い出し,友達を思いやる温かい気持ちが学校中にあふれ,「附属の品格」を備えた皆さんが,それぞれの目標に向かって努力してくれることを期待して,私の話を終わります。すばらしい1年にしましょう。