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梅雨入りを目前に控え,初夏を感じさせる日々が続いています。県内でもすでに熱中症にかかった人も出ているようで,本校では先日帰りの学活の際に各クラスの保健委員が,教室の電子黒板を使って熱中症予防についてのプレゼンテーションを全学級で行いました。事前に練習をしっかりして,7分間のプレゼンでしっかりと予防を訴えてくれました。この夏も猛暑が予想される中,一人一人の心がけで熱中症が予防できることを願っています。私も昨年はスポットクーラーの導入や臨機応変なエアコンの使用が効果的だったように,みんなで知恵を出し合いながら子供たち,そして教職員の健康を守れるよう情報収集に努めたいと思っています。
私の子供の頃,と言って年寄りの昔話を例にするのは申訳ないのですが(「年寄り」というのは,あくまで本校の人口分布における表現で,その中では私の昭和37年生まれというのは押しも押されぬ!年寄りですが,先般春の瑞宝双光章を叙勲された本校OBの先生【現在地元の公民館長】を始め,まだまだ現役でご活躍の諸先輩からすれば,まだまだヒヨッコであることは十分自覚しております)私は県西部の田舎の出身(素麺の産地)ということもあって,「夏」といえば,確かに暑かったですが,朝目覚めると,蝉の鳴き声と共に,煮出しで出来たばかりの麦茶の香り,夕立のあとの入道雲,冷やし素麺とアユの塩焼き,そして川で泳いだ後のスイカの味・・など穏やか夏の情景が思い出されるのですが,今の子供たちは,猛暑,熱中症,ゲリラ豪雨,OS1(!)などが,夏の強烈な記憶として残るのかなぁ,等と考えながら校長室で仕事をしておりましたら,休み時間に校長室前の廊下を「♪夏がくーれば思いだすー はるかな尾瀬ー 遠い空 霧のなーかに浮かびくるー やさしい影ー 野のこみち 水芭蕉の花が‥‥♪」と大きな声で歌いながら歩いている生徒の声が聞こえてきました。授業中の歌声はよく校長室へも届くのですが,教室移動で廊下を歩きながら生徒が口ずさんでいるのは珍しいです。
先日(5月31日)本校では63回目の研究発表会を開催し,県内はもとより,北は栃木県から南は宮崎県まで,全国各地から総合体育大会の地区予選を目前に控えた平日にも関わらず,多くの参会者を迎え有意義な研究会が実施できました。(写真上段3枚)その際,音楽科では1年生の授業でこの「夏の思い出」を扱っておりましたので,歌声の主は1年生だと思われますが,研究発表会に先立ち,校内研修会でも授業を参観した際に,歌詞やメロディーから受ける子供たちの感性に感心したところでした。そして,子供たちにとっては,思わず口ずさむほどこの曲が浸透していることがうれしくて,従来なら昭和に流行ったポップスを題材にこのコラムを書いてきたのですが,今回は趣を変えてみました。タイトルだけ見て,「アレッ?」と思われた方もいたのではないかと思います。(そんなにこのコーナーを意識して読んでくれている方がいるわけではないのに,何名かの方から激励を頂いたのでこんな書き方をしてしまいましたが,決して調子に乗っているわけではないと本人は自覚しておりますので ^^;)
私は,1970年代~80年代,要するに自分が子供のころから学生時代までの音楽に強い思い入れがあるのですが,それは第一に歌詞の素晴らしさです。したがって,本当に職員室でも最年長者の私は,このネタで話せる人はなかなかいないのが現実です。そんな私は,文部省唱歌をはじめとした,学校で習った日本の古い(昔に作られた)歌も大好きです。春は「朧月夜」,夏は「夏は来ぬ」,秋は「赤とんぼ」,冬は「冬景色」を必ず1シーズンに二度や三度は聴きます。文部省唱歌ではないですが,この「夏の思い出」も大好きです。ただ,鉄道のある場所は全国駆け巡っておりますが,尾瀬は今だに訪れたことがありません。今後の目標にしたいと思います。
「暑いなぁ」と声に出せば「エアコンを入れましょうか。冷蔵庫には麦茶も冷えていますよ。」などと,AIによって合成音声が何でも答えてくれたり,電気機器を動かせてくれる時代を生きていく子供たちが,戦後間もない昭和22年(当時国営放送局から「夢と希望のある歌をお願いします」と依頼されて,江間章子さんが作詞されたそうです)に作られた歌の歌詞やメロディからイメージを膨らませ,尾瀬の地に思いを巡らせることができる,この感性をもっともっと伸ばせるお手伝いを,我々教師はしっかりとしたいものだと思いました。そのために,子供と同じ「令和」の時代を生きている今,子供の知らない「昭和,平成」を生きてきた者は,しっかりと感性を磨かなくてはならないと気づかせてくれる出来事でした。このことがあって,私は最近校長室で,大正末期に作られた蓄音機で,当時の人もこれで聞いたであろう,「すずめの学校」や「七つの子」等の唱歌を夜遅くによく聴いております!(写真下段)