校長室から

サレンディピティ-ほんとうの絆とは 2012年3月16日





 はやぶさが持ち帰ったイトカワのサンプル分析者 中村栄三氏(岡山大学地球物質科学研究センター教授、JAXA客員教授)の話を、偶然、聞く機会に恵まれた。はやぶさは交信不能になったのちも、地球からの指示なしに自分自身で8つのコマンドを実施し、すべてパーフェクトに成し遂げ、地球へ小惑星イトカワのサンプルを持ち帰った。この「奇跡」に感動した人も多いはずだ。
 けれども、さらに注目もし感動させられるのは、はやぶさが持ち帰ったサンプルの分析技術である。カプセルに入っていたイトカワの試料は、50ミクロン以下の小さい粒子だけにもかかわらず、中村氏の率いる分析チームは、多くの新発見をもたらした。イトカワの母天体がどのような歴史をたどって現在に至ったかについても、今までの通説と違った形で実証できたのだから、すごいとしか言いようがない。
 しかし、これでもまだ中村氏の研究のすごさは言い尽くせていない。いやそれどころかここからが、むしろ、わたしが述べたいことである。中村氏のチームの研究は、ごく微量の物質を分析することであり、それが今や、最新の癌研究に及んでいるということである。この研究は、同じ岡山大学の医学部助手、岡部さんの呼びかけによるものである。
 岡部さんはハーバード大学で5年間、アスベスト曝露によってもたらされる肺ガン、肺の中皮腫の研究を続けてこられた。違った分野で研究を重ねてきた中村氏と岡部氏の研究が結びついて、体の中で起こっているラジウムという非常に危険な放射性物質の異常濃縮が発見され、もう一つガドリニウムの異常もわかり、この二つが非常に大きなきっかけとなって、癌の発生のメカニズムに関するかなりショッキングなモデルを打ち立てることができたのだ。
 言うまでもなく、中村氏は電子顕微鏡を使っての分析技術の専門家ではあるが、物理化学や生物学の専門家ではない。しかし、医学分野の専門である岡部氏の研究と偶然にも(いや単なる偶然ではなく、互いの専門性が呼び合った必然に近い)出会いによって、アスベストを吸い込んだ肺がどうして癌になるのかのメカニズムが解き明かされたのである。ついでに言うと、喫煙が肺ガンの引き金になるメカニズムも含めてである。
 3・11東日本大震災をきっかけとして、人と人を結ぶ「絆」の大切さが再認識をされた。しかし、ほんとうの意味の「絆」とは、単に困っている人を助けてあげることだけではないと思う。ほんとうの意味の「絆」とは、この中村氏と岡部氏とのような、自分の考えや自分の道を求め続けてきた大人と大人が互いに支え合い、知恵を絞って、成果を出すことなのではないかと考える。もちろん小さな子どもやお年寄りには、無条件で手をさしのべなければならないが、東北の人々が避難所生活で見せてくれたような知恵と勇気、忍耐と努力こそ、真の「絆」なのである。
 1950年代にパリの人々をカラー写真におさめた写真家 木村伊兵衛は「パリは人間が大人で気持ちいい」と語っている。今のパリはどうであろうか。
 サレンディピテイ、成熟した大人同士が互いの考えを持ち寄り、気持ちのいい社会を築くこと、「21世紀の国際社会を自らの考えを育てながら生きていく人に」と願っている。

                                      校長 谷木 由利
 


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