本校の研究

教科実践編(音楽)

音楽科における授業実践について

脇坂幸菜

(1)題材の概要(1年生:歌唱領域 合唱表現の創意工夫 -『HEIWAの鐘』-)

 本題材は、1学年の生徒が初めて取り組む混声三部合唱において、歌詞に込められた思いを感じ取り、曲想を味わいながら合唱表現の創意工夫をする姿勢を育むことをねらいとしている。ここで扱う合唱曲『HEIWAの鐘』は、歌詞には平和に対する力強いメッセージが書き上げられており、歌詞と強弱の関係や曲想の変化を考えさせるのに適した合唱曲であると考える。また、校外学習では広島を訪れ、平和についての学びを深めていることから、歌詞から読み取ることができる作者の思いを身近に考えながら、表現活動につなげることができる。合唱活動に取り組む中で、「音やリズムを正確に取って歌うことができた」、「他のパートにつられずに歌うことができた」といったことから発展させ、自らの感性を働かせながら合唱表現の創意工夫を楽しむ生徒を育てることを目指し、探究的な学習に取り組ませることとした。
 音楽は、演奏する者とそれを聴く者が存在することにより成り立つと考える。表現しようとする音楽には、予め決まったゴールや正解はないが、よりよいものを創り上げていこうとする思いが生徒の中に宿ることで、聴く人の心を動かすことへとつながっていく。学習の最後には、学年での発表の場を設け、表現を創意工夫して合唱を創り上げていく方法知を習得し、探究的な学習の過程を踏むことがよりよい成果に結び付くことを実感させる。そして、これらを次回の活動にも生かせられるようにと願い、実践に取り組んだ。
 本題材で生徒が取り組む内容は以下の通りである。

題材名歌詞に込められた思いを感じ取り、曲想を味わいながら表現を工夫して合唱しよう

 歌詞の内容を理解するだけでなく、作者の思いを感じ、それをどのように歌うかについて探究する姿勢を培うため、まずは教師が範を示しながら学び方を習得していくことを重視した。題材の目標を達成するために、本題材における生徒の探究的な学習の過程を明確にし、必要に応じたよりよい手立てを講じることで、生徒の探究的な学習を充実させる。これらの詳細については、(5)以降で述べていく。

(2)本題材の目標

(3)本題材の評価

知識・技能 思考・判断・表現 主体的に取り組む態度
Ⅰ 『HEIWAの鐘』の曲想と音楽の構造や歌詞の内容との関わりについて理解している。(知)
Ⅱ 創意工夫を生かし、全体の響きや各声部の声などを聴きながら他者と合わせて歌う技能を身に付けている。(技)
Ⅰ 『HEIWAの鐘』のテクスチュア、強弱を知覚し、それらの働きが生み出す特質や雰囲気を感受し、その関わりについて考えている。
Ⅱ 知覚・感受したこととの関わりについて考え、『HEIWAの鐘』をどのように歌うかについて思いや意図をもっている。
『HEIWAの鐘』の曲想や歌詞の内容、声部の役割と全体の響きなどに関心をもち、音楽活動を楽しみながら主体的・協働的に合唱の学習活動に取り組もうとしている。

(4)本題材における探究的な学習の過程

第1次
(1時間)
①出合い・課題設定 『HEIWAの鐘』の歌詞の内容や曲に込められた心情に関心をもち、どのように合唱に取り組んでいくかイメージをもつ。
第2次
(2時間)
②アナリーゼ(楽曲分析) パートの旋律を繰り返し確認する。声部の役割や強弱の変化を楽譜上から分析し、曲全体の音楽の特徴を捉える。歌詞をくり返し読み、琉球王国時代や沖縄戦について触れながら、作者の思いを捉える。
第3次
(2時間)
③追求 自分たちの演奏の録音を聴いて発見した課題を取り上げながら、よりよい合唱にするためには何が必要かを話し合う。テクスチュア、強弱、歌詞の内容に着目し、合唱表現を創意工夫する。
第4次
(1時間)
④表現と価値の創出 創意工夫を生かした合唱の演奏発表を行う。これまでの活動を経て抱いた感情や今後の目標を記し、他者と共有する。

(5)授業実践の様子

図1 歌詞の内容を捉える

①出合い・課題設定の過程
 合唱活動を始めていくにあたり、過去に演奏された合唱コンクールでの演奏を聴いた上で感想を求めると、「すごい。上手い。感動的。」などの意見が挙がった。合唱は仲間と心を一つにしながら創り上げていくものであることや、聴く人の感動を呼ぶものであることを知り、自分たちもそのような合唱ができるようになるためにはどんなことが必要かを考えさせた。取り組んでいく合唱曲『HEIWAの鐘』を紹介すると、「沖縄のことについて歌われたものですか?」や「戦争は二度と繰り返してはいけないという作者の思いを感じました。」といった意見があり、平和学習での知識を生かそうとする姿勢が見られ、全体的に曲に対しての関心は高かった。生徒が曲に対してできるだけ難しさを感じることなく、学習意欲が高まるような出合わせ方の工夫として、歌詞を丁寧に読み取ることはもちろん、これまでの学習の知識を生かすことができるような問いを投げかけ、全員で歌詞について考える場面をつくる手立てを講じた。楽譜を配付後すぐに歌詞を全員で朗読し、教師が歌詞の内容について解説を加えた(図1)。解説を聴いて感じたことを仲間と意見交換する中で見えてきた曲に込められている心情を、聴く人に伝わる合唱表現をすることに課題意識をもち、そのための調和された混声三部のハーモニーを創る必要性を感じていた。そのあとに、『HEIWAの鐘』の作曲者、調、拍子、速度や演奏形態等を知り、曲全体の背景についての理解を深めた。
 本題材において取り組んでいく内容を確認した後に、「次回は実際に歌っていくけれど、最初にすることは何かな?」と問うと、パート練習や音取りという声が口々に聞こえた。題材の最後には発表の場を設けることを伝えると、生徒自身が目標を身近に感じ、パートリーダーを選出したり、並び方の工夫を考えたりしながら今後の活動をより明確にした上で第1次を終えることができた。

②アナリーゼ(楽曲分析)の過程
 この過程は、生徒が合唱表現を創意工夫するための必要な知識・技能を習得していく過程である。まずは、自分のパートの模範演奏をタブレット端末で聴き、音の高さやリズムを捉え、パートごとに分かれて練習を繰り返し行った。細かいリズムが連続して出てくる部分では、手拍子をしながらラップ調で発声し、歌詞を正確に拍の中に入れていく手立てを講じた。概ね旋律が確認できたところで、全体で合わせ、パートに応じたふさわしい発声法を良い例・悪い例などの模範を交えて伝えると、生徒は身体の使い方を意識しながら歌う大切さを理解し、自ら実践する生徒もいた。次に、音楽を形づくっている要素に触れていくため、楽譜を見ながら強弱やテクスチュアの変化を分析した。テクスチュアに関しては、「3つの声部の動きを、①ユニゾン②ハーモニー③掛け合いの3つに分けるとするとどれに当たりますか?」、「ここはどのパートが主旋律を担当しますか?」などと尋ね、移り変わる声部の役割を捉えた。「Dの部分から始まるクレシェンドはどの部分に向かってするものですか?」と問いかけると、生徒は「Eのサビの部分に向かって盛り上がるように。」と答えた。そして、実際に歌いながら曲の一番の山場に向かってクレシェンドできるように発声の仕方をコントロールしていく必要性を感じ取っていた。このように楽譜等から曲全体の音楽の特徴を明確に捉えることで、知覚したことと感受したこととの関わりについて生徒の思考が働き、創意工夫を考える土台になると考えた。そして、NHKアーカイブスのサイトより、沖縄戦の映像や証言を視聴し、沖縄の歴史に触れることで更に歌詞を身近に感じられるような手立てを講じた。生徒は映像に見入ると同時に、「曲を作った人も戦争を実際に体験していないけれど、平和な世界を築いていくためにはこのようなことを忘れてはいけないという思いがすごく詰まっている気がする。」や「作者は平和に対する強いメッセージを歌で繋いでいくことを願っているのでは。」といった意見も出た。曲のことを分析することで、『HEIWAの鐘』により親しみを抱いてくことが生徒の発言や歌う姿勢などから確認できた。最後には、自分たちの演奏を録音し、それを客観的に聴くことにより今の自分たちの課題を見つけ出す活動を行った。録音を聴いて、気付いたことをワークシートに自由に書かせると、「ソプラノが弱いのでもっと出した方がいい。」、「バランスを改善したい。」、「歌詞をもっとはっきり発音しないと人には伝わらない。」という記述や、「ユニゾンの部分が男声も女声も全員で揃っていてとてもきれいだった。」というようなこれまでの練習の成果を感じることができた記述もあった。この過程では楽曲を分析することに付け加え、現段階の自分たちの演奏がどうであるかを分析する活動を取り入れることで、自ら課題を発見し、主体的に今後の活動に取り組める姿勢を育むことができると感じた。

図2 歌い方シート

③追求の過程
 この過程は、合唱表現をしていくにあたり、どのような合唱にしたいかを考えた上で、どのような工夫を取り入れ、その工夫を歌い方にどう生かしていくか試行錯誤しながらよりよいものを追求していく過程である。まずは、自分たちの演奏の録音から得た様々な気付きを共有することにした。その中ではどのクラスも共通して多かったのがバランスの問題であった。「客観的に聴かなくても、歌いながらバランスを取っていく方法があります。何だと思いますか?」と尋ねると、数人が手を挙げ、「他のパートの音を聴きながら歌うといいと思います。」と答えた。その方法をすぐに実践し、聴くことを意識して歌わせると、バランスの悪さがすぐに改善された。これにより、生徒は周りの声を聴きながら歌うことが良いバランスを生み出していくことにつながると実感していた。次に、強弱、テクスチュア、歌詞の内容に着目し、合唱表現を追求していく活動に入った。ここからは、本題材の主要な場面となる合唱表現を創意工夫する活動である。ただ、創意工夫の仕方を十分に理解できていないため、まずは教師が考え方を示し、個々に考えるのではなく一斉指導を行った。「Aの部分の強弱はフォルテですが、強く歌う他に、どんな感じで歌うとよいですか?」という発問を投げかけたが、やや難しい質問になってしまっていた様子だった。そこで、生徒の思考を促すための手立てとして、歌い方シート(図2)を参考にするように指示を出した。すると、「平和について歌っているし、最初は明るい調なので明るく、そして勢いよく歌いたい。」といった意見が出た。テクスチュアに着目させると、「このAの部分は混声三部のハーモニーなので、最初からよく周りの音を聴いてバランスを良くしたい。」といった発言があった。また、歌詞にも着目させると、「ここの歌詞は戦争の悲惨さが感じられるので、しっとりと少し落ち着いた感じで歌いたい。」といったような歌詞と強弱の関係について考えることができている様子も見られた。教師と生徒のやり取りの中で、生徒は次第に創意工夫の考え方を理解することができた。全体で一斉に考えていくことは、他の生徒の意見を参考にすることもでき、活発に発表する姿がみられた(写真1)。これらのやり取りを繰り返し、生徒は自然に創意工夫の仕方を理解し、どのように歌うかについての考えをワークシートに記入していた(図3)

図3どのように歌うかについての考えを記入したワークシート

写真1歌い方の工夫について意見を出し合う場面

 そのようにしながら、実際に歌い、創意工夫を取り入れることによって自分たちの合唱がよりよいものに変わっていくことを実感すると同時に、曲想を味わいながら、よりよく歌う技能を身に付けていくこともできることがわかった。授業の最後には、よりよい合唱を創り上げていくために必要なことは何かを考えさせ、活動の中で学んだことを基にワークシートに記入させた(図4)。また、これらを共有しておくことで、合唱表現に対するクラスの思いを、より一つにしていくことができると感じた。

図4 よりよい合唱を創り上げていくために必要なことを記入

④表現と価値の創出の過程
 この過程は、これまでの取り組みを生かして合唱表現をする本題材のまとめの過程である。追求してきたことを整理し、うまく演奏できるかが試されていく。生徒には、予め、学年合唱発表会を開いて他のクラスの仲間や教員に自分たちの演奏を発表することを伝えていた。発表会直前に、特にどんなことをがんばりたいかワークシートに記述させると、次のような回答が見られた。

・これまでの学習で考えた、どんなふうに歌いたいかを活用し、歌詞を大切にして平和を願う気持ちで歌うことをがんばりたい。
・自分のパートの音を正確に歌えるようにがんばることと、周りの声を聴くことを忘れないようにしたい。
・歌詞に込められた思いを再確認して歌いたい。
・学年の先生方に感動してもらえるような演奏になるようにがんばりたい。

写真2 合唱発表会を行う様子

 発表会では、学年全体で歌詞を朗読し、代表者がこれまでの音楽の授業の取り組みや平和学習を重ねてきた成果を発揮したいことを述べ、2クラスずつの合同チームで指揮者を立てて発表を行った(写真2)。曲との出合いから始まり、計6時間という短い時間ではあったが、生徒は探究的な学習の過程を踏み、これまでの学びを生かしながらのびのびと体育館いっぱいに歌声を響かせていた。発表を終え、校長先生や学年の先生方から感想をいただいた生徒の様子は充実感に満ちていた。他のクラスの合唱を初めて聴き、自分たちとは違うよさをたくさん発見していた生徒もいた。最後に、本題材を終え、合唱活動を行っていく上での土台が確立できたとともに、探究的な学習の過程を充実させたことで得たものを必ず次に生かすことができるように更なる合唱力の向上を期待していることを全体に伝え、振り返りを行った(図5)。やはり多かった感想は、仲間と心を通わせて合唱ができたことや人に聴いてもらえたことに対する喜びであった。そして、歌詞の意味をよく捉えることや思いをもつことの大切さ、歌詞と強弱の関係性に気付いたことや、自分なりの新たな価値を見出して今後の目標などを綴っていた。

図5 振り返りのワークシート

(6)成果と課題(〇…成果、●…課題)

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